徒然な日々・零式

クラシックの演奏会を中心にあれこれと書いていきます。

TOKYO MET SaLaD MUSIC FESTIVAL 2020 メインコンサート(9/6)

指揮/大野和士
演出・振付/金森 穣
ダンス/Noism Company Niigata(ノイズム・カンパニー・ニイガタ)
 金森 穣、井関佐和⼦、⼭⽥勇気
 池ヶ⾕奏、ジョフォア・ポプラヴスキー、井本星那、林⽥海⾥、
 チャーリー・リャン、カイ・トミオカ、スティーヴン・クィルダン、
 タイロン・ロビンソン、⿃⽻絢美、⻄澤真耶、三好綾⾳
ソプラノ/臼木あい* ピアノ/江口 玲** ヴァイオリン/矢部達哉***
管弦楽東京都交響楽団

(敬称略)

ほぼ一年ぶりの大野さんである。この日をどれだけ待ったことだろう。無責任なマスコミ報道とは全く違い、ホールのある池袋は日曜日の午後とは思われないほどに閑散としてた。恐怖で人を萎縮させることに何の意味があるのだろう。

モーツァルト:モテット《踊れ、喜べ、幸いなる魂よ》 K.165(158a)*」

飛沫を考慮したかどうかはわからないけれど、パイプオルガンの隣で歌ったソリストは少し辛かったかも知れない。響きに欠けた感あり。そういう声質の人ではないし、実は昨年同じホールで上演されたオペラの時に、私が今日感じたことと同じことを知人が感じていたので、ホールとの相性が悪いのかも知れない。


ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調より第2楽章 [ダンス付き]**」

「ペルト:フラトレス~ヴァイオリン、弦楽と打楽器のための [ダンス付き]***」

 

平素、緩徐楽章や現代音楽を聴くとき、無意識の中に何かを目の前に思い浮かべることがある。多くの場合は言霊の具象化であるが、それはその日の私の心に大きく左右される。もちろん今日は今日なりの心があったのだが、ノイズムの皆様に見事に裏切られた・・・もちろんいい意味で。演奏を聴きながら自分の思索は浮かんでいるのだが、それとは全く違うものが目の前で繰り広げられて、そしてそれは圧巻でしたね。ダンスと音楽の融合、それもこの音楽祭の骨子の一つであり、大成功だったと思います。

しかし、ダンサーの皆さんて、立ち姿美しいですよね。カーテンコールでの流れるような動作にも惚れ惚れいたしました。

ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ

高揚した気持ちをクールダウンさせるような穏やかな演奏で、あれこれ考えたはずなんだけどさ、次の曲にマスキングされてしまった。

「ミヨー:バレエ音楽《屋根の上の牡牛》 op.58」


白井さんの演奏でしか聴いたなかったんですけどね。なかなかカッコイイ曲でありまして・・・基本大野さんは譜面見ないで振るから、左手が全てを語るわけでして、まぁ、そんなこともどうでもよくて、はい、踊っておられましたわ。背中が語るものは、もう最高でございました。

さて。密を避けるための規制退場初経験でしたが、みんなちゃんと協力するするんですよ。日本人って凄いわぁ。

(もちろんそんなん無視して出てく人もいたけれど、そういう人は普通の時でもカーテンコールの間にさっさと出てくからね。酷いときなんか、まだ最初の拍手の最中に出てくもん。演奏に不満があるからじゃないんだよ。)